1-5 変額年金保険

1-5「変額年金保険」についてみていきます。

教科書は15年前のもので読みづらい部分も多いかと思います。教科書が15年前の常識で語っているので、ここでもその常識を解釈して語っていくことにします。

多くの方に理解しやすい形で書いていこうと思います。間違ってたらすみません。

 

 

概要

この日記で書く大きな流れとしては

 

・変額年金保険とは何ぞ

・変額年金保険の構造が抱える問題に迫る

・定性的な問題を定量化しよう

・対応策について検討だ

 

という感じです。

よろしくお願いします。

 

 

 

変額年金保険とは

普通の保険商品は保険金額が定額です。まず保険金額をいくらにするか定め、保険金額に保険料率を乗じて保険料が算出され、その保険料をもとに責任準備金を計算するという流れがあるという理解が良いかと思います。

しかし、日本の低金利環境下では予定利率が1%を割ることもあり、契約者にとって魅力的な保険商品を生み出せずにいました。そこで出てきたのが変額年金保険です。利率というリターンを得るためには相応のリスクを取らなければならないということはCAPMが教えるところですが、ややアグレッシブな運用をすることによってリターンを上げていこうとするものです。

これまでの商品は安全第一で運用してきたわけですが、変額年金保険ではややリターンを重視した運用を行うため、保険会社としてはリスクの程度が異なる運用を抱えることとなります。ちゃんとリスクの程度に応じて別々に管理しましょうということで、それぞれ一般勘定、特別勘定で管理されることとなっています。

 

一般勘定は10年国債等を用いて運用しますが、特別勘定は保険会社が選択肢を提供し、例えばほとんどを株式に突っ込むもの、少しは債券とのバランスを考えたもの、グリーンボンドのようなESG投資を重視したもの、資産運用の会社に丸投げするものなどから契約者がいくつか選択し、資産の配分を決定していくということが考えられます。そのため、特別勘定は投資信託と同様の解釈をすることができ、運用成果によって上下します。この特別勘定残高が運用成果によって変動するという点が、この後の論点でかなり重要な性質となるので押さえておいてください。

 

保険会社はリスク分断の観点から、他業務との兼業が禁止されており、生命保険会社であれば生命保険商品しか販売することができません。また、日本では保険商品を売りたいといった場合には金融庁の認可をもらう必要があります。

被保険者が死亡または満期を迎えたときに保険金として特別勘定残高を支払うとすれば管理は楽チンですが、金融庁さんが「それは保険なんか?ただの投資信託やないんか?お?」と怒ってしまいます。「いやいや保険ですよ」と主張するために、通常は保険金額の最低保証を定めています。死亡したときの最低保証をGMDB、ある一定時点での生存に対する最低保証をGMLBと呼称します。他にも、解約返戻金の最低保証があったり、運用成果に応じて最低保証額が引き上げられていくラチェット型なんていうものもあったりします。

 

念の為前提を確認しておきましょう。

最低保証がついている保険金の支払いが発生した時点で、特別勘定残高が最低保証額を上回っている場合は、特別勘定残高を保険金として支払います。

一方で特別勘定残高が最低保証額を下回っている場合は、保険会社が最低保証額までの穴埋めをして、特別勘定残高と保険会社による穴埋め額、合計して最低保証額を保険金として支払います。

 

それで、この最低保証機能が本当に厄介なんですね。どう厄介なのか、リスクの観点から見ていくことにしましょう。

 

 

 

最低保証リスクの基本的構造

変額年金保険では、保険会社は契約者の運用資産である投資信託と、投資信託が最低保証額より低い場合にその補填をするという最低保証機能を持つ一般勘定の管理が求められます。

 

一時払いの場合(通常はリスク管理の観点から一時払い)、まずそれを特別勘定に全額突っ込みます。資産運用は原資の大きさが大事なので、新契約費用を含めた各種費用は後から徴収することによって運用資産をできるだけ多く取ります。その運用成果たる特別勘定資産から、最低保証額までの穴埋めのための原資となる最低保証料、契約の募集締結のための費用を吸い取るわけですが、これは特別勘定残高の一定割合を毎日継続的に吸い取っています。額ではなく、率で費用をもらうのは他の保険と同じですね。保険金額が10%増えたら保険料も10%増えそうだし、特別勘定残高もなんとなく10%増えそうですよね。そういった契約者にとっての理解の側面と、特別勘定残高が低迷してしまった契約についても、額ではなく率であれば費用を徴収することができそうなものですよね。お財布の中に500円しか残っていない人に1000円くれと言うのは無理でも、500円の30%くれと言うのはできそう、そんな印象です。ただ、特別勘定残高がそれほど低迷するまで保険会社がほったらかしにすると言うのも考えづらいですね。実際、特別勘定残高が一定額を下回ったら全額一般勘定に移すというノックアウト型も存在するようです。最低保証料収入については、特別勘定から吸い取られて一般勘定に突っ込まれます。これが特別勘定残高と最低保証額の差額を補填するための原資となるわけですね。

 

最低保証はオプションとして整理されることがしばしばあります。はてオプションとはなんだったか、と思い返してみると、権利行使のタイミングで原資産価格と行使価格によって定まる額を得ることができる権利のことでした。最低保証についても、特別勘定残高と最低保証金額によって定まる額を得ることができる権利ですね。権利は自分の意思で行使できませんけど。同様の理由で解約についてもオプションとして整理されることがあります。

変額年金保険の最低保証の構造は最低保証付きの投資信託の構造と似ています。変額年金保険の場合は特別勘定残高が高ければそれだけ多くの額を受け取ることができる一方で、最低保証によって受取額の下限が決まっている状況です。最低保証付きの投資信託は、最低保証が定められており、投資信託の運用が好調ならばそれだけ超過収益を得ることができます。

最低保証付きの投資信託の場合は最低保証に相当する部分を割引債を用いて複製し、コールオプションによって超過収益を狙うという構造になっています。割引債については満期まで保有していれば基本的に最低保証額となって返ってくるので、契約期間中にポートフォリオを組み替える必要性がなく、管理が容易です。変額保険の場合は運用成績によって上下する特別勘定残高という原資産、原資産が下振れたときに最低保証までを補うという最低保証オプション(原資産価格が下落したときに価値を持つプットオプションと同じ性質)から構成されていると解釈することができます。

コーポレートファイナンスにおけるプットコールパリティからこれらの2つのポジションは等価であることが示されますが、変額保険の場合は被保険者の生存および死亡、または解約によってキャッシュフローが変動してしまうので、金融市場で流通している金融商品キャッシュフローを完全に複製することは困難です。頑張ってそのキャッシュフローに寄せる複製をすることになりますが、完全な複製ではないので随時ポートフォリオを組み替える必要があります。これを動態的なヘッジと言います。

 

投資理論の記憶が残っていらっしゃる場合は、オプションの複製問題を想像していただくと良いでしょう。ヨーロピアンオプションの複製は途中で組み替える必要がありませんでしたが、アメリカンオプションの場合は途中で組み替える必要がありました。解約(解約返戻金の最低保証をつける場合もあるらしいです)や死亡における解約返戻金や死亡保険金の最低保証に対応する支払いを、満期以前のある時点での最低保証オプションの行使と解釈すればアメリカンオプションの複製と同様に見ることができるので、途中でポートフォリオを組み替える必要があるな、というところと繋げられるかと思います。

 

金融リスク

まずは金融面からのリスクについて考えます。

 

1つめは、原資産となる投資信託に対するヘッジ手段が市場に存在するとは限らないという点です。特別勘定残高は運用成果によって上下しますが、リスクと言われると運用成果が低迷し、特別勘定残高が予想より低くなってしまう状況を想定します。伝統的保険商品であれば、国債などで運用していることから、国債を原資産とするプットオプションによって国債価格が下落するリスクをヘッジ(軽減)しますが、変額年金保険の場合はもともといろんな株式や債券がごちゃ混ぜになっている投資信託に対してヘッジすることとなります。時間の経過につれて投資信託ポートフォリオが変化することもあるでしょう。そうなるとリスクヘッジ担当者としてはため息しか出てこないわけですね。また、もともと完備市場ではないので、欲しい商品が市場に並んでいるとは限りません。

 

2つめは、最低保証料収入が不足するおそれがあるという点です。特別勘定残高が減少して保険会社が負担するべき最低保証額との差額が大きくなるときほど最低保証料収入が小さくなるというミスマッチ構造があります。わかりますかね?

最低保証料や契約の募集締結のための費用は、特別勘定残高の「一定割合」をもらっています。つまるところ最低保証料収入は特別勘定残高に比例するので、特別勘定残高の減少に伴ってこれらの収入も減少します(契約の募集締結のための費用:予定事業費についても同様)。一方で特別勘定残高が減少すると保険会社はそれだけ多く、最低保証額までの差額を補填しなければいけないことになります。収入が少ないのに支出が多くなってしまう、これはまずいですよね。

 

3つめは、最低保証オプションが長期で原資産が投資信託という特殊性に加え、保険リスクとの積の構造をもつために金融市場での完全な複製が不可能という点です。キャッシュフローがわかれば株式や債券を使ってそのキャッシュフローを再現することができることは投資理論の教えるところですが、キャッシュフローが契約者の生存または死亡という非金融的な確率に依存するため、どうすんねんという気持ちになります。一般的な金融リスク管理手法だけでは対処不可です。困ってしまいますね。

 

ここまでで述べた

・保険期間の長期性、原資産が投資信託という特殊性、保険関係リスクにも影響を受けることを根拠として、最低保証オプションは金融市場で複製することが困難であること

・最低保証料収入が特別勘定残高に比例して徴収する都合上、最低保証に関するミスマッチ構造が存在していること

・最低保証オプションの行使が保険リスクと密接に関係することから、金融商品での完全な複製は不可能であること

を金融リスクといいます。

 

 

保険リスク

リスクヘッジが大変ということがわかりましたね。もうお腹いっぱいと言いたいところですが金融リスクだけではありません。保険特有の側面から見えてくるリスクについても見ていきましょう。

 

1つめは、リスク収斂性が劣後するという点です。保険商品の基本は大数の法則です。平均と分散が同一である独立なサンプルを大量に集めるとなんとなく元の分布の性質が見えてくるというものでしたが、なんと独立性に疑念が生じています。死亡に関しては伝統的保険商品と同じ感じがしますが、特別勘定資産は独立ではなさそうです。

というのも、特別勘定資産は契約者がそれぞれが勝手に運用するのではなく、保険会社が提供するいくつかの選択肢から契約者が選択するため、ある契約者の特別勘定資産がまずいときは、その契約者の資産投下先の運用状態を通じて他の契約者と割と強い相関を持っているために他の契約者の特別勘定資産もまずいことになっている可能性が高いわけですね。すると、被保険者の死亡に際して保険会社が補填すべき特別勘定残高と最低保証額の差額についても相関が出てきてしまうわけで、慎重に対応すべき問題となっているわけです。

 

2つめは、ミスプライシングのリスクです。変額年金保険では危険選択が比較的緩かったり、最低保証率を年齢性別に依らない一定の値を使用したりするみたいです。危険選択が緩い傾向にあるのは怠慢ではなく、販売側の要望です。変額年金保険は銀行等の金融機関における窓口販売が主な販売チャネルとなっていますが、投資信託の手数料慣行に倣って窓口販売に多い高齢者に優しい感じになっています。よって契約群団が想定していたものとは異なるものになってしまって、最低保証料収入が不十分になってしまうおそれがあります。

ちなみに、保険料の十分性の議論は1-1営業保険料をはじめいろんな場所で指摘されていますが、変額年金保険において保険料に相当するのは最低保証料です。特別勘定残高は保険金支払時に全額契約者のもとに行ってしまいますからね。

 

3つめは、解約動向のモデルリスクです。1-10商品毎収益検証において解約率はいろんなファクターに影響されて予想が難しいのに収支に与える影響が大きいという厄介な性質を持つことが説明されています。

変額年金保険の解約率については、特別勘定残高が低くなると、契約者にとっては保険会社が補填してくれる額が大きくなっておトクなので解約率は減少するということが考えられます。解約オプションの最適行使を想定すると保険料率が契約者には受け入れ難いほど高額なものとなってしまうことがあります。また、すべての契約者が最適行使するというわけでもないので、その辺の不合理性をある程度織り込んでいます。そして解約率に関する統計は少なく、頑健性についても注意が必要です。

 

ここまでで述べた

・リスクの収斂性が劣後することによる伝統的リスク管理の限界

・契約時審査の甘さに起因するミスプライシングリスク

・解約行動のモデルリス

をまとめて保険リスクといいます。

 

保険リスクは金融リスクと比べても無視できない水準ですが、とはいえ第一に考えるべき最大のリスクは金融リスクであるようです。

 

ということで、最低保証をつけたが故にさまざまな問題が出てきました。これからはこれらの問題に対処するためにはどうしたらいいかを考えていくことになります。

まずは、これらの論点が定性的なので、まずは定量化する手法について見ていきましょう。

 

 

 

 

 

変額保険数理

この辺りでいったんお金の流れを整理しておきましょう。

 

まず、一時払の保険料を特別勘定に投げ入れます。

運用していく中で、最低保証料や予定事業費、運用関係費用(信託報酬等)を毎日特別勘定残高の一定割合を特別勘定から徴収します。最低保証料については一般勘定に移動します。

最低保証のついた支払いをするとき(年金額保証や死亡保険金保証もあるし、原資保証の場合もある)、特別勘定残高が最低保証額未満ならば一般勘定から穴埋めされて最低保証額が支払われます。この穴埋めが大きくなるリスクのことを最低保証リスクと言います。

ここで変額年金保険におけるプライシングとは、特別勘定から徴収する一定割合をどれくらいにするかということを指します。

 

最低保証を一種のオプションとする見方ができることは先に述べましたが、キャッシュフローのタイミングや金額は金融要素と保険要素が関わってくるので、金融市場に流通している金融商品でそのキャッシュフローを複製(投資理論を覚えていない人は"再現"と読み替えてください)することは難しいでしょう。これを非完備市場問題といいます。

市場が非完備であるとは、都合のいい金融商品が存在しないということです。市場が無裁定であると仮定した場合、「市場が完備であること」の必要十分条件は「リスク中立確率が存在すること」なので、こうした非完備性はリスク中立確率が存在しないことを意味します。よって投資理論で学んだコーポレートファイナンスだけでは対応できない、ということになります。

ということで、保険数理的手法のみの場合でも、金融的手法のみの場合でも対応できないので、これらを融合してなんとかしようということが考えられているようです。実際、EUのソルベンシーIIにおける技術的準備金(保険債務に対する準備金の一で、技術的準備金は予期される損失に当てられる部分をいい、他にはソルベンシー所要資本と最低所要資本がある)の評価でも採用されており、金融商品によるヘッジが可能な部分は市場整合的評価、ヘッジが不可能な部分は最良推定にリスクマージンを上乗せして評価することとしています。

変額保険に用いられている代表的な計算原理として、分位原理と期待値原理が挙げられます。

 

 

 

CTEアプローチ

VaRは直感的な理解がしやすく、他者への説明が容易であるという利点があります(200年に一度のリスクとか)。しかし、信頼区間外のリスクを把握することができないこと、凸性がないことからリスク分散効果を正しく認識することができないことがあるといった欠点を持ちます。VaRに代わるリスク尺度として、リスク尺度が満たして欲しい要件を満たすもの(コヒーレントリスク尺度)が求められ、CTEが生まれました。しかし、CTEにもまた、複数期間にわたるリスク尺度としては不適切であるという問題が指摘されています。これをこれを通時一貫性がないというように表現します。

ノート3の解釈としては、時点2を時点1において評価したCTE95%はuおよびdのそれぞれで50および100となりますが、時点1を時点0において同様の評価をすると50になる確率が94%、100になる確率が6%なので、CTE95%は100になるはずです。しかし、時点2を時点0で評価することを試みると、94%で0、5.64%で50、0.36%で100となることから、VaR95%は50で、ES95%は(100-50)*0.36%で0.18、よってCTE95%は53.6と計算されることとなり、先の結果とは異なる値となっています。よくないんじゃないですかね、という問題が通時一貫性の問題です。

 

CTEアプローチではモデルパラメータを固定した上で原資産の価格変動のみに着目し、その枠組みの中で最低保証の価値評価と必要資本要件のためのリスク評価を行う方法です。同じ枠組みで計算することができる点が偉いということですね。

また、CTEアプローチでは、前提としている分布が既に悪化シナリオを想定したものであることから、ここから保守的にするための手段を講じる必要がなく、分布のどの辺を切り取ってCTEとするかを考えることとなります。

 

 

 

リスク調整済み期待値アプローチ

無裁定価格の導出のためのリスク中立測度を含む、広くリスク調整に相当する測度変換後の確率分布のもとで期待値を取る手法です。

CTEアプローチは分布の一部しか使わない手法でしたが、やっぱり分布全体を使いたくないですかということで、確率分布を適切に歪めてから(リスク調整)期待値を取ることで価値を評価しようとするものです。ワン変換とかエッシャー変換とかありましたが、彼らもリスク調整済み期待値アプローチです。確率密度関数f(x)を変換させたときの期待値として求めることができましたよね。できました。できないよって方は損保数理の教科書を引っ張り出して7-11とか眺めて見てください。それで、さっくりまとめると元々の分布を保守的に評価できる方向にグググっと持っていって、その分布の期待値を取ろうという話です。

 

投資理論で学んだBlack-Sholesモデルは、理論的な問題点が指摘されつつもその簡明性(解析解が得られるから)により広く扱われているモデルです。最低保証オプションの価値評価にも、最低保証の構造が簡単なものであれば適用することができます。教科書においても5-17あたりで示されています。5-18の算式の導出過程を載せておきます。

まあまあ大変でした。労ってください。

 

 

 

簡単な最低保証オプションにはBlack-Sholesモデルを適用することができるということがわかりました。ただ、よかったですねでは終われません。理論的な弱点が致命的では実用化することができません。実務家としては問題をきちんと認識しておく必要があります。

Black-Sholesモデルは対数正規分布を使用していますが、対数正規分布は株価収益率のファットテイルを表現できないという問題が指摘されています。訳がわからないので調べてみました。

まず、ファットテイルとは発生する確率が極めて低い事象を指します。2008年のリーマンショック以来注目を浴びているものです。このような大事件が起こってしまうとすぐに財務状況は真っ赤になってしまいます。あり得ないと思っていたら起きた、ということを教訓として、ちゃんとそういうことも織り込もうとする潮流が背景としてあります。

そして、株価収益率分布には得てして歪みがあり、左右対称ではありません。特定の分布によって再現することは極めて困難であり、微視的に見ていったところで必ず誤差が生じます。t分布のように自由度をもつ分布を使うことで、歪み、ファットテイルを表現するという例はあるようですが、これを対数正規分布によって、2つのパラメータだけを動かすことで再現することはまあ難しいでしょう。ただ、金融市場から逆算されるインプライドボラティリティーを参考にすることで、最低保証オプション価値の金融市場との整合性を高めることができます。

 

そして悪い点だけではありません。CTEアプローチの問題点である、通時一貫性を回避することができます。これは偉いですね。

 

さらに市場整合性を高める手段として金利の期間構造やオプション期間および最低保証の本源的価値に応じてインプライドボラティリティーを決めていくというものが挙げられていますが、一般の会社の事務能力でここまでするのは難しいでしょう。ちなみにボラティリティー曲面という言葉は、インプライドボラティリティーをオプション期間と最低保証の本源的価値の関数として考えたときに三次元空間に描かれる曲面を指していると考えられます。

 

なお、ここでいうリスク調整は最低保証の価値評価のためのものであり、必要資本要件のためのリスク評価には、別の枠組みとしてパラメータ変動による影響幅を見ていくことが必要となります。また、保守性については一切考えられていないので、責任準備金の算定のためにリスク調整済み期待値アプローチを用いる場合は、基礎率を保守的に設定することが必要になります。

 

 

ここまでリスクを定量化する手法とその論点について見てきました。

このリスク量の対応方法について見ていきましょう。

 

 

 

リスク管理とヘッジ

リスクへの対応としては回避、保有、移転、軽減が挙げられます。

わかりやすくするため、お腹が空いているけど外は雨が降っているという状態を考えましょう。

まず、回避というものは雨が降っているから外に出ないことを指します。雨に濡れるというリスクはほぼ確実に回避することができますが、外で食べ物を調達できるチャンスを逃しています。保険会社に置き換えると、リスクが嫌だから商品を売らない、ということになります。これでは何のための保険会社かわかりませんね。

保有とは、リスクを受け入れるということです。外に出ればほぼ確実に濡れてしまうが、食べ物を調達できるチャンスを手に入れます。保険会社に置き換えると、リスクを認識しつつ利益を得るためには破産することも覚悟、という状態です。公益性が高い事業で(そうでなくてもですけど)このようなよちよち歩きの運営は良くないですよね。

移転とは、リスクを他に移すということになります。基本は移転のためにコストがかかります。同居人にお小遣いを渡して買いに行かせるとか、出前を頼むといった対応ですね。保険会社にとっては再保険に相当します。再保険料を支払い、保有リスクの一部または全部を移転します。

軽減も同じような概念です。リスクを他に移すのではなく、自分で何とか軽減していく、というアプローチです。雨が降っていたら傘をさすということです。デリバティブを用いたヘッジ会計とかありましたよね。思い出してください。

 

保険会社のリスク管理には再保険やヘッジが有効です。ヘッジを用いる場合は、何をヘッジするかが重要となります。

 

 

経済価値のヘッジ

一番直感的な価値でしょうか。実質的な価値をヘッジします。

経済価値はDelta、Gamma、Vega、RhoというGreeksに分解して把握され、Deltaは先物、GammaやVegaはオプション、Rhoは金利スワップを用いてヘッジされます。Deltaは原資産に対するオプション価値の感応度なので、変額年金保険においては特別勘定資産があまり変動しない短期間のヘッジをする際に有効です。しかし、特別勘定資産の一階微分ですので特別勘定資産が大きく変動した場合にはヘッジした部分がきちんと機能しない危険性があります。急激な変動に対応できない点に問題を抱えています。他にも、金利水準の変化には対応できない点、短期のヘッジを繰り返すことによるヘッジ再構築コストも問題となります。

 

ここで注意しておくべきなのは、通常経済価値という語はリスク中立期待値を意味しますが、最低保証オプションの経済価値は、そのキャッシュフローを完全に複製することができないため、ある程度の安全マージンが織り込まれた数値であるということです。そのため、通常複製された本来のポートフォリオの価値よりも大きいものとなります。

一方、経済価値であるから負値も取りえます。特別勘定運用が好調な場合は、最低保証に係る収入価値が最低保証に係る支出価値を上回り、経済価値が負となることがあります。ヘッジが面倒なことになるようで、この場合はヘッジの簡便化を意図して最低保証に係る支出価値のみをヘッジ対象とすることがあるようです。

 

また、会計上の最低保証価値は必ずしも経済価値評価されているわけではないので、会計とのミスマッチが発生しうる点にも留意しておく必要があります。

 

 

会計価値のヘッジ

最低保証の会計価値の変動を抑制することを目的とします。会計上の数値がブレブレだと、株主目線で「この会社大丈夫なんか?」となってしまってあまりよろしくないわけですね。会計上の数字の変動を抑制することは、株式のボラティリティーを安定させるために必要というわけですね。

しかし、会計上は法定会計に基づいて計算される数字が表示されるので、会計制度について理解しておく必要があります。大きな特徴として、責任準備金は負の値を取らないこと、責任準備金は標準責任準備金の計算基礎率を使う一方で市場に流通している金融商品は同じパラメータを持つとは限らないことが挙げられます。これは価値がジャンプしたり微分不可能になったりすることを意味し、会計価値を完全に複製することが非常に難しいということになります。

 

また、標準責任準備金制度では責任準備金の計算基礎率はロックインされます。予定利率や死亡率、ならびに期待収益率やボラティリティーについて「この値を使って計算してください」と平成8年大蔵省告示第48号に具体的な数値で示されています。するとこれらの値の変動が0として認識されるため、VegaやRhoに関するリスクは会計上の数値では認識されないということになります。よってDeltaやGammaのヘッジをメインに行なっていくこととなりますが、Gammaについてはヘッジの際に主にオプションを使用することから、Vegaのリスクを通して変な影響が出てきてしまいます。よってGammaでのヘッジも難しいということになり、基本的にはDeltaでヘッジをすることとなります。

 

 

テイルリスクのヘッジ

テイルリスク、つまり起こる確率は低いが起きたらまずい状態のもとでの財務諸表上の数値の変動を抑制することを目的とします。基本的には、起こったらまずい状態を想定したストレスシナリオにおける損失額に対応するプットオプションを買い持ちしておくという、静態的なヘッジ(時間の経過につれてヘッジポートフォリオを組み替える必要性があまりないもの)が想定されます。

 

しかし、金融商品に関する会計基準(企業会計基準第10号)IV-3第31項において、ヘッジ会計が適用できる要件として、

・当該ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従っていることが客観的に認められること

・ヘッジ取引時以降についてもヘッジ手段の効果が定期的に確認できること

が定められています。

前者の要件は比較的容易に示そうですが、後者の要件がなかなか厳しいんですね。

金融商品会計に関する実務指針(会計制度委員会報告第14号)第156項において「原則としてヘッジ開始時から有効性判定時点までの期間において、ヘッジ対象の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計とヘッジ手段の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計とを比較し、両者の変動額等を基礎にして判断する。両者の変動額の比率がおおむね80%から125%までの範囲内にあれば、ヘッジ対象とヘッジ手段との間に高い相関関係があると認められる」と定められており、変動の比率が80~125%でないとヘッジ取引とは認められないということになります。

 

ヘッジ対象となる最低保証オプション価値は基本的に変動するものですが、テイルリスクに焦点を当てたプットオプションはインザマネーになる状況が限定的であることから、基本的にはすごく乖離します。つまり、これらの変動は連動しないのが一般的であるため、法定会計上ヘッジ取引とは認められないことになり、外部関係者目線では「なんでこのオプション買ったんですか?」と突っ込まれてしまうということになります。株主総会とかできちんと説明しましょう。

 

 

再保険

保険会社にとって変額年金保険のリスクヘッジが大変であることはこれまで見てきた通りです。一方で、競争環境において最低保証価値が高価値なものにシフトしていくことは避けられません(競争環境では商品内容は魅力的になっていく)。よって企業内だけで何とかしていくのは限界があるというものです。

会計とのミスマッチを回避するためには、責任準備金の削減が可能な共同保険式再保険の活用が望ましいですが、再保険会社への集中リスクや信用リスクについてもきちんと考慮しておきましょう。

 

 

 

生保1の山場であることに間違いないでしょう。ただ、全体の流れがわかると各論点がわかりやすくなるかと思います。皆さんの勉強の一助となれば幸いです。